愛される才能に目覚めるつーちゃん。
こんばんは。
これを書いているのは夜です。
思いつきで日記を書いてみる、こどもが寝静まったクリスマスイブ。
さっそくタイトルについて。
わたしの夫とちまるは、とてもわたしを愛しています。
いつもその心にはたっぷりのわたしに対する愛情があって、それは一定量を保ち、減ることはないんです。
その愛情が、なんだかとてつもなく深く深く感じられてうれしさに震えるくらいの時があって…
でもその時もとちまるには特別の変化はなんらないんだよね。おそらく…
日々変わらず粛々とわたしを愛しているだけ。
それで実はここだけの話…、
その愛情が…、
地に堕ちたんじゃないか?
枯れ井戸か、くそったれが!
おまえなんか全然わたしを愛してないんだよ、このくされ外道が!
てくらい、カラカラに思える時があるんだよ。
でも、その時だってとちまるの愛情貯水タンクは、ふだんと変わらない表面張力を持ってして、たぷたぷと黄金の水を湛えているのです。
そう、賢明な読者のみなさんはもう薄々お気づきなのではないでしょうか。
愛されてると感じるのもそうでないと感じるのも、すべてはわたしのさじ加減ひとつだということを…!
さじ加減、というかわたしの感じ方ひとつで決まるんだよね。
そしてその感じ方がキマルのは、わたしの心の状態にかかっているわけだ!
わたしの心とかなんやらが満ち足りててわたしの状態が万全だと、
「うち、ごっつぅ愛されてるやん。
なんなん?あの人どんだけ〜?」
て自然と思える確率がかなり上がるんですよ。
思わず京女入っちゃうくらい、限りなく100%に届く勢いで。
とちまるに愛されるべくあれこれ働きかけるのってもしかしてあんま意味なくて。
(なぜならいつでも基本一定量たっぷりわたしを愛してるから)
わたしはある意味身勝手にわたしの心の感度を上げるべく自分に集中するのが1番いいのだ、ということに気がついてしまった…
いや…
前から気がついてはいたけど確信している今日このごろです。
これからももっともっと自分のごきげんとりにいそしもう!
自分と両想いで居続けよう。
自分を大切にしよう。
そうするともれなくとちまるの愛情貯水池は決壊して溢れてわたしに降り注ぐというわけです。
夫から愛されたいなあ〜と思った時に省みるべきはもっぱら自分で、自分のことちゃんとかわいがってあげたら、もれなく夫の愛もついてくるんだったなんて!
逆に言うと、とちまるから愛されてない‼︎
どぐされ外道が!て感じる時は、自分の状態がかんばしくないサインとも言えます。
だからそんな時は、たっぷり眠ってすきなもの食べる。
泣きたいならなく。
怒りたいなら怒る。
心を安らがせて休息する。
そうしたらまた愛を感じる心が回復する。
それだけのことでした。
でもこれ、わたしに限っての発見かもしれまず、万人に当てはまるわけじゃないかもしれへん、あしからず♡
出会った頃の今よりほんの少しは若いわたしじゃなくて、今のつーちゃんがいつだっていちばんかわいいよ♡と言ってくれるとちまるくん、ありがとう♡
愛される才能とかそんなんではないかもしれんけど、自分の味方を貫こう。